私たちについて Über uns
息の長い、市民による取り組み
ジークブルク独日協会は、1994年12月11日、アロイス・ギリアム氏の自宅で設立されました。発起人は、1960年代末に秋田県で日本の人々と友情を結んだジークブルクの農業家、ペーター・クヴァット氏です。湯沢を訪れた最初のジークブルクの生徒団の保護者や、日本に関心を持つ人々が、クヴァット氏とともに協会を立ち上げました。
設立当初の活動の中心は青少年交流でした。1996年からは、日本をテーマとした文化事業がもう一つの柱となっています。ジークブルク市と緊密に協力し、日本では、国内でも最大級の日独協会のひとつである湯沢日独協会がパートナーです。
交流プログラムを支えているのは家庭です。日本からのお客様はジークブルクとその周辺のご家庭に無償でホームステイし、私たちの生徒たちも湯沢で同じように温かく迎えられています。協会の行事はすべて入場無料です。

「見知らぬ相手であればあるほど、心が通じ合えたときの喜びは深く、長く残る。」ジークブルク独日協会の理念
活動内容
- 湯沢との青少年交流(相互訪問、ホームステイ付き)
- ジークブルク市と共催する、日本をテーマにした催し
- 日本からの芸術家の招へい
- 日本の芸術や武道に取り組む団体との共同イベント
- 会員と友人のための年次行事(日本関連施設の見学、食事会など)
- 日本からの生徒、学生、研修生のお世話と受け入れ
歩み Geschichte
一度の訪問から生まれた友情
- 1989
最初の出会い
湯沢市役所の Yukio Suzuki氏がジークブルクを訪問。コンラート・マッヘンス市事務総長と、まず青少年交流から関係を築くことで合意しました。
- 1991
ジークブルクで初の青少年交流
代表団を率いたのは、湯沢市の幹部で、のちに市長となる Nobukuni Nisaka氏。アンノ・ギムナジウムが公式パートナー校に決まりました。
- 1994
協会の設立
3回目の交流(湯沢訪問)の後、12月11日にペーター・クヴァット氏が協会を設立しました。
- 1996
文化事業が始まる
青少年交流に加え、日本をテーマにした文化活動が第二の柱になりました。
- 1997
アンノで日本語AGが誕生
アンノ・ギムナジウムで、初めて日本語の課外活動(AG)が始まりました。
- 1999
新会長の就任
クラウディア・ビェルケ=ホルターマン氏が会長に就任しました。
- 2006
友好の証書
3月7日、ジークブルク市と湯沢市が友好関係を証書で確認。フランツ・フーン市長が協会に証書を手渡しました。
- 2009
「湯沢通り(Yuzawa-Weg)」
アンノ・ギムナジウムと市民プール「オクトプス」の間の道に、友好都市の名が付けられました。湯沢市にはすでに「ジークブルク通り」があります。 Jahr prüfen
- 2011
東日本大震災の後で
3月11日の震災後、市民とともに「湯沢への千羽鶴」を折り、募金を行いました。寄付は湯沢市を通じて、被災した栗原市、石巻市、一関市の人々に届けられました。
- 2014
設立20周年
ジークブルク市制950年と合わせ、市立博物館で「日本の週末」を開催。中根猛駐ドイツ日本国大使と、湯沢の着物グループ Muratake をお迎えしました。
- 2019
日本語がアビトゥア科目に
8月から、アンノで日本語が上級段階の正規科目になりました。協会は設立25周年を迎えました。
- 2023
コロナ禍後の再開
Q1の日本語コースが、コロナ禍後に最初に訪日したドイツの生徒団のひとつとして湯沢へ。東京ではヘンドリック・ヴュストNRW州首相と面会しました。
- 2024
設立30周年
和太鼓、茶道、生け花、着物ショー、そして市立博物館での記念式典からなる「日本週間」を開催しました。